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小説のプロローグだけ考えるの好き部

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序章「宇佐美 啓次」

私の元に依頼が来たのは、7月の20日だった。

とても日差しの強い日、一人の男が私の事務所を訪れた。
男は、サイズがピタリと合った、深い紺の上質なダブルのスーツを着ていた。履いている靴にも埃一つ付くことはなく、歩き方、身のこなしもとても規則正しく整然としたものだった。年齢は40歳前後で、身長はおそらく180cm前後、痩せてはいるが、華奢ではない。彫りの深い顔立ち、髪型はオールバックで、髭は蓄えているが野暮ったい印象は無い。男はゴトウと名乗った。差し出された名刺には「五嶋 誠一」とある。

「ある人物の過去を明確にして欲しい。」

それが五嶋の依頼だった。
 やや独特な表現ではあるが、この類の「人の過去を調査する」という依頼はこれまでにも何件かあった。それは例えば、婚約者に借金がないかであるとか、企業の役員採用に関わる応募者の経歴であるとか、である。
 その為、最初は私も取り立ててこの依頼者に違和感を持つことはなかった。しかし、その私の思惑はすぐに崩されることになる。単純に彼の話の内容が極めて奇異なものであったからだ。

 私は五嶋にまずは着座するよう促し、彼は会釈した後それに従った。私がコーヒーに砂糖は入れるかと尋ねた所、彼は結構だと答えた。私は軽く頷いた後、助手の棚内君にブラックのコーヒーを二つ煎れて来るように指示し、五嶋の対面のソファに浅く腰掛けた。
 まず私は彼にどうやってここを知ったのかと尋ねた。近頃は、電話帳はもちろんタウン誌などにまで広告を載せている探偵事務所もあるそうだが、私の事務所はそういう事はしていない。看板も出していないし、ドアに小さく「宇佐美探偵事務所」と表記してあるだけだ。 
 その問いに彼は少し何か思い出すような仕草をしてから、タナベから紹介を受けた、と答えた。タナベとは、私の古くからの知人で現在は新聞記者をやっている。時々私は田辺から情報を得たり、彼に情報を渡したりと、ギブアンドテイクの関係でやっている。田辺は顔が広い。田辺の紹介で来たという依頼者は他にもそれまでにも何人か居た。
 そういった経緯があり、私は彼と田辺の関係は特に尋ねず、わかったとだけ返事をし、それからは少しの間、天気がどうであるとか、株価がどうであるとか世間話をした。しかし彼はほとんど相槌を打つだけだった。どうやらここで時間を無駄に使うつもりはないらしい。その内に棚内君がコーヒーを持ってきた。棚内君のスカートは相変わらず短すぎる。私が何度注意しても直す気は無い様だ。私個人としては心の中で拍手喝采なのだが、客の対応をする時は毎度気恥ずかしさを覚える。
 私は一つ咳払いをして、腕時計にちらりと目をやり、時間を記録。早速彼に依頼内容を話すよう促した。

 そして五嶋もまた一つ咳払いをし、依頼内容について話し始めた。

 "過去を見つけて欲しい人物"、それは五嶋が秘書を務める法人の代表、つまり社長という事らしい。名を木田勇次という。年齢は当時38歳。
 企業の従業員が社長の過去を知りたいという事は、失脚でもさせようという事なのかと思ったが、内容は全く異なっていた。
 
 過去について知りたいのは五嶋ではく、「木田本人だ」と言うのだ。
 
一体どう言うことかと尋ねると、どうやら木田はつい最近まで記憶喪失の状態であったらしい。ありふれた話ではないが極端に珍しい話ではないだろう。木田が記憶喪失だったというのは分かったが、それならそれまでの事をアナタや周りの親族の方達が教えて支えてあげればいいのでは、と私が尋ねる(今考えると間抜けな質問だ)と、彼は小さく首を振り、そして自分の言葉を確かめるようにして、こう答えた。
 
「木田が記憶を失くしている間、彼は行方不明だったのです。」

 私には彼の言っている事が理解できなかった。それを察知してか、彼は私の返答を待たず、続けた。
「木田は、2年前に突然、私達の前から姿を消しました。ちょうど会社の決算が終わり、定時総会が開かれた後だったと思います。朝、私が出社すると、社内に彼の姿がありませんでした。普段彼は社の誰よりも早く出勤するのです。自分が社の代表なのだから、当然だと彼は言っていました。私は彼の姿を探しましたが、社長室にも、会議室にもいません。本当に何の前触れもなく、その朝から彼の消息が掴めなくなってしまったのです。
 普段、彼は運転手に朝、迎えに来させていたのですが、その日は運転手がどれだけ待っていても、彼がマンションの玄関に降りて来なかったというのです。彼は独身で、一人で暮らしていました。不審に思ったその運転手は、彼の住んでいるフロアまで上がり、インターホンを鳴らしましたが、何の応答もありませんでした。運転手は私に電話を掛けたらしいのですが、生憎私はその時電話に気づかず、ケータイを鞄に入れっぱなしにしていたのです。普段私のケータイが朝7時に鳴る事はないから、でもあります。彼の失踪を知り、当然会社中が騒然となりました。私共の会社はいわゆる専門広告代理店で、インターネット広告を手掛けております。社員数も30人程度と、小規模の会社なのですが、決算の数字は概ね良好で、これならば取引銀行も悪い顔はしないだろうと、木田はかなり業績に手応えを感じていたように思えたからです。私共の会社はまだ始まって8期目、さあこれからだという時に社長が消えたのです。自殺であるはずがない、そう考えた私達は、彼がどこかで事故にでも遭ったか、それとも犯罪に巻き込まれたか、と憶測しました。
 当然その後、警察にも捜索願いを出しました。しかし、結果は芳しいものではありませんでした。彼の自宅の捜索に私も立ち会いましたが、彼の家は別段いつもと変わり無い様に思えましたし、車もガレージに置いたままでした。普段の生活の様子から、彼が公共交通機関を使う事は考えにくい事でしたので、自らの意思でどこかに行ったのではないだろう。というのが警察の推測でした。この件は、刑事事件になったという事です。しかし、いくら時間が経っても何の手掛かりも出てきません。彼は早くに両親を失くし、施設で育ちました。つまり、彼の血縁に、彼の行動を知るものはいないという事になります。その他、彼の友人達に聞いても、特別な事は何も出てきませんでした。私達も、何とか彼抜きで会社を経営していかなければなりませんから、必死の思いで目の前の仕事をこなしておりましたが、合間を見つけては彼の消息を掴もうと動いておりました。
その繰り返しのまま、1年が過ぎました。もう警察も以前ほど懸命に捜索に当たる事はなくなっておりました。なぜなら、誘拐という線が消えたからです。会社にも警察にも、何の脅迫文も要求も送られては来なかったのです。企業の社長が誘拐されれば、普通は何らかの要求があって然るべきです。そして、彼らしき身元不明の遺体も発見されていない。この辺りが重なって、警察もこの件にさほど興味が無くなった様に思えました。勿論、それが表立って表れる事はありませんでしたが、態度というか、彼らの姿勢で、私達にもそれがはっきりと分かりました。
それらの事が手伝って、私達にも半ば諦めの空気が漂いました。会社は1年経っても彼の穴を埋めきれず、社員も皆仕事に追われておりましたし、そればかりに気を取られていられなかったというのが正直な所です。
 そして、それからさらに1年後、今からつい一週間前の事です。仕事中、おそらく午後2時頃だったと思います。私の電話が鳴りました。その電話は警察からでした。「木田氏を保護した」というのが、その電話の内容でした。それを聞いて私はすぐに警察に向かいました。そして、彼に会いました。それは彼に間違いありませんでした。確かに彼は戻ってきたのです。」

ここまで話すと、五嶋はコーヒーカップに少し、口をつけた。
「長くなってしまい申し訳ありません。続けても?」
「ええ。もちろん。」

「最初、戻ってきた彼を見た時、私は驚きました。全く違うのです。今までの彼の風貌とは。それは、髪や髭が異様に伸びているだとか、服が所々破れたり、汚れたり、といったものではありませんでした。髪は髭も含め全て白髪になっており、服は赤のブルゾンに紺のセーター、そしてジーンズというものでした。彼は行方がわからなくなる前は黒髪でしたし、私服の中にもジーンズなど1本もなかったように思います。
 若々しいと言ってはおかしいですが、まるで彼には似つかわしくない格好でした。それとは逆に髪は、40歳の男にしては、色が抜けすぎていました。本当に真っ白だったのです。
そして、肩に付くほどの長髪になっていました。髭まで白くなっていた為、脱色をしたということはないと思います。
 しかし、顔は、2年前の彼のままです。少し怯えた様な目をしていましたが、間違いなく彼です。警察の方の話によると、その日の午前10時頃、突然彼がこの警察署に現れたというのです。彼の第一声は、『自分に捜索願いが出されているかもしれない。』だったという事です。そして、彼は自分で警察官に事情を説明し、私を迎えに来させたという事です。
 とにかく、正常な状態とはとても思えませんでしたが、私は無事に彼が戻ってきた事にホッと胸を撫で下ろし、警察署内で諸々の手続きを済ませ、彼を自宅にお連れしました。警察からはまた後日ゆっくり話を聞かせて欲しいと言われました。おそらく何らかの事件に関わっていると判断されたのでしょう。私ですらそれが想像できます。とにっかく警察署内ではゆっくり彼と話しが出来ませんでしたので、自宅に到着した後、彼の失踪について色々と質問を投げかけました。当然です、疑問に思う事はいくつもありました。
 しかし、彼の返答は全てわからない、というものだけでした。もちろん警官もいくつか質問はしたらしいですが、同様の答えだったと聞いています。
しかし彼によると、一つだけわかる事がある、と。それは何かと彼に尋ねました。彼の答えはこうでした。
『おそらく自分は2年間、木田勇次ではなかった』と。」

部屋は静まり返った。デスクで事務処理をしながら聞き耳を立てている棚内君からも、唾を飲み込む音が聞こえる。

「………大変興味深いお話ですね。ただ、少し理解し難い内容でもありますが…。」
「ええ。そうだと思います。しかし、これは全て事実なのです。」
「もちろん。疑ってなどいません。ただそれだけで『過去を探す』というのは雲を掴む様なお話です。お話の続きはありますか?」
「ええ。…その前に、ちょっと失礼します。」

彼はまた少しコーヒーで口を湿らせ、軽く深呼吸した。

「…その彼の台詞を聞いた後、もちろん私も混乱しました。ですが、彼が一番混乱していたのは間違いありません。そこで、私は彼に少し時間を与えようと思いました。体力的に疲弊しているのが見て取れた事もありますが、とにかく自分の中で整理がついてから話してくれればいい、とだけ告げ。彼を着替えさせ、落ち着かせてから仕事に戻りました。会社でも当然色々と聞かれましたが、私は詳しい事情は告げず、皆に今はそっとしておく様に言いました。
 そしてその翌日の朝、彼から電話がありました。というより、見たこともない番号だったのですが、出てみると、彼でした。私はまた仕事は措いて彼の家に向かいました。彼は私を出迎えると、持っていた携帯電話を私に差し出しました。私が『これが何か?』と尋ねると、彼は『それは私のものじゃない。正確に言うと私のものだが、木田勇次のものじゃない。』と言いました。つまり、その2年間の間に新規に取得したものだという事になります。私は中身を見ていいか彼に許可を得てから、中身を見てみることにしました。
 そのケータイの中には、およそデータと呼べるものは入っていませんでした。メールですとか、画像ですとか、音楽ですとか、です。しかし、中にただ一つ入っていたものがあります。電話番号です。」

「電話番号?」
「はい。全部で5つの電話番号が入っており、それぞれ番号の上には人の名前が表記されておりました。」
「その名前は?全て覚えておられますか?」
「もちろんです。名前は五十音順に、「アイザワエミ」、「カトウヒロノブ」、「スズキユウト」、「タナカテツロウ」、「ハラグチシゲル」となっていました。」
「それで、その5人に電話は掛けたんですか?」
「はい、もちろん掛けました。しかし、2人の分は、実は電話番号が不完全だったのです。11桁ではなく、3桁と5桁になっていました。恐らく電話番号というより数字のメモの様に使ったのではと推測しております。残りの3つについては、現在は使われていない番号でした。」
「なるほど、手掛かりが無くなった訳だ。」
「ええ。せめて漢字で名前の表記があれば少しは特定できる可能性はありますが、カタカナでは、素人にはどうしようもありません。」
「…正直な所、私共でもそれだけでは探しようがありません。その5人の名前が本名である保証もなければ、この近辺の人間かもわからない…。まあ、時間が無限にあるというのであれば、いつかは見つかるかもしれませんが。」
「はい…。そう思って、私も半ば諦めかけたのですが、つい2日前、木田から連絡があり、『少しだけ思い出せた事がある』というのです。確認に行ったところ、彼からいくつかのキーワードの様なものが語られました。そのキーワードは、どうやら彼が人物の名前を頭の中で反芻している時に出てきたものらしいのです。つまり、それぞれの人物に関連するキーワードが出てきたという事になります。」

「ほう…。新たな手掛かりという訳ですね。内容は?」

「はい。まず、「アイザワエミ」は、”戎橋”、”黒い建物”、”マック”。そして「カトウヒロノブ」、”黒いマニキュア”、”三連リング”、”西口公園”、そして「スズキユウト」、”駄菓子屋”、”赤と白のバスと、終点の停留所”。「タナカテツロウ」、” 神野寺”、”銀髪”、”黒いブーツ”。と、以上です。」
「『ハラグチシゲル』に関しては?」
「それが、ハラグチシゲルについては、何も思い出せないというのです。」
彼は少しだけ大げさに首を振った。

「…なるほど、わかりました。聞くところによると、『スズキユウト』以外は、具体的な地名が出てきますね。これならば捜索は可能である様に思います。飽くまで名前が本名であれば、ですが。」
「…ええ。そして以上で私が現在持っている情報は全てお渡ししました。それらの事を踏まえ、『木田勇次の空白の2年間』について捜査して欲しいのです。田辺さんから、宇佐美さんはこの辺りで最も実績のある探偵だと伺いました。是非とも、お力になって頂きたいのです。もちろん報酬額はそちらで決めて頂いて結構です。常識外れの金額で無ければ、この場ですぐに現金でお支払致します。」

私は迷った。この様な依頼に出くわした事はなかったし、内容的にも一筋縄ではいきそうにない。私としては、入ったばかりの棚内君に経験を積ませる為にも、浮気調査などの依頼が来るのを望んでいたのだが…。
 しかし、そんな私の思惑とは裏腹に、私の探偵としての好奇心が、この依頼を受けることを望んだ。
私は依頼を受ける事にした。
しかしながら、現在私の事務所の職員は、私を含めて7人居るが、所長の私と新入りの棚内君を除いて、全員別の案件を抱えている。しかも全員まだ時間はかかる見込みだ。どう考えても人手が足りない。

「わかりました。お受けしましょう。ただ、私の事務所では今、ほとんどの職員が別の案件を抱えておりましてね。実際に動けるのが私しかいないんですよ。」
「はあ…。」
「そこで、私の仕事仲間というか、個人的に知っている探偵が何人かいますから、彼らと連携して捜査に当たる、という事でも宜しいですか?」
「なるほど、それぞれの方の分、報酬を支払う必要があるという事ですね。もちろんそれで結構です。」
「わかりました。では、今日から早速捜査に当たります。報酬は全て仕事が片付いてから賜ります。今、契約書を用意させますから、目を通して下さい。」

そして私は棚内君に契約書を持ってこさせ、その場で契約を交わした。
その後、今後も新たに何かわかった事があればすぐに知らせるよう五嶋に依頼し、彼を送り出した。木田の写真も預ったが、以前の彼と現在の彼はかなり実像がかけ離れているため、役に立つかはわからなかった。彼が事務所から去った後、私はすぐに何人かの探偵に電話を掛けた。しかし、急な事もあり、捕まったのは2人。2人とも個人で小さな探偵事務所を営んでいる者達だが、腕はたしかだ。それぞれに先程五嶋から得た情報を与え、まずは該当者を探し出す様に依頼した。
探し出すことができたら、まずはこちらに連絡をくれと付け加えた。
 

そして2ヵ月後、私は幸運にも「アイザワエミ」を探し出す事ができた。ということは、木田が呼び起こした「空白の記憶」は、ある程度確からしいという証明が生まれた事になる。
 私は彼女に木田の写真を見せて、彼について聞いた。彼女は写真の男には見覚えがあるが、どんな形で会っているか思い出せないし、木田などという名前は聞いたことがないと言った。しかしながら、その時点で木田は「木田ではなかった」ので、木田と名乗ったかはわからない。結局、直接会って確かめてもらうしか方法がないので、「ちょっとしたバイトがある」と半ば強引に彼女をそそのかし、共に木田に会いに行く約束を取り付けた。かなり言葉に気を付けて誘導したが、彼女が物事をあまり深く考えない正確なのが幸いしたのは間違いない。これは皮肉だが。
 ただし、当然彼女にも都合がある為、実際に会いに行くのは2週間後となった。 その旨を五嶋に伝えると、彼は木田に会わせることを了承した。
因みに、この時点で残りの2人はまだ該当者を発見できずにいた。まあ、どちらにしても後2週間はこちらとしても動きようがないので、私は彼女の連絡先を聞いて一度事務所に戻り、彼らを信用してしばらくの間様子を見ることにした。




―そして、さらにその3日後、一人の男が私の事務所のドアを叩いた。
 
 
 
 
 
 
※もちろん続かない